2017年01月27日

社会を動かすヒントは、まちの周縁部(フリンジ)から生まれてくる。【前編】

2016年6月から3ヶ月間、金沢のまちなかを舞台に様々なリサーチが行われてきた
「AIR21:カナザワ・フリンジ」。

元を辿れば、2015年に実施された「Museum x KNZ Fringe〜街と、人と、出会う」から発展。
今年は金沢在住の5名のディレクターが、国内外のアーティストやクリエイターらとともに、
来年2017年に実施するアーティスト•イン•レジデンス「カナザワ・フリンジ2017」に向けて、
金沢の“まち”や“ひと”について知るためのリサーチを実施してきた。

その中で、今回各ディレクターたちがテーマに掲げたキーワードは、全部で7つ。

「食」や「医療」、「路上パフォーマンス」、「対話型アート」から、
はたまた、「地域社会と地元アーティスト」、「ソーシャリー・エンゲージド・アート」に至るまで、
なんとも多様な視点が入り混じっている。

「なぜなら、美術館という建造物や既存の作風に固執することなく、アーティストやディレクターたちが、“本当にやってみたい”と思っていることを、自由にやれる地場をつくっていくこと。
もともと文化的にも歴史的にも土壌があり、人のつながりやまちのサイズも程よく整っている金沢だからこそ、まちが持っている潜在的な力を引き出したいと思っています。
そして、世界中の多彩なアーティストと横断的なネットワークをつくり、この土地ならではの“クリエイティブスパイラル”をつくっていきたいと思っているんですよね」

そう語るのは、金沢21世紀美術館交流課プログラム・ディレクターの黒田裕子さんだ。

なるほど、昔からものづくりの土壌が根付いている金沢は、
アーティストや作家の制作活動に対して、一定の理解を持ち合わせている土地と言ってもよいだろう。
しかし昨今の金沢は、いつの間にか特定のジャンルばかりにスポットが当たることが多く、
なんとなく“画一化された金沢らしさ”だけが、独り歩きしているような気もする。

“まち”とは、本来わかりやすいメインストリームだけで構成されているわけではなく、
その周縁(フリンジ)には、いくつものレイヤーやコミュニティが重なりあい、存在しているはずだ。
では、そこに一体どんな金沢らしさが横たわっているのだろうか。

その疑問を探るべく、地元民が素通りしている金沢の価値を掘り起こし、
改めて見えてくる課題を“アート”という視点で紐解いていく。
そこには、単にモノをつくるという行為や、作品としての良し悪しという部分をはるかに超えて、
人と人が対話を重ねることで、新しい価値観や変革が生まれるかもしれない、ということ。
そんな可能性を探っていくのが、「AIR21:カナザワ・フリンジ」の目指すところなのだ。

そこで9月上旬、今年度の集大成として、5名のディレクター陣によるトークセッションを実施。
二部構成でのイベント内容を振り返りながら、本プロジェクトが目指す
「AIR21:カナザワ・フリンジ」(以下、略AIR)の姿について、検討してみたいと思う。

 

意見のぶつかり合いを恐れない。それが新しい変革への第一歩。

今回行ったトークセッションの第一部は、海外のケーススタディからスタート。
ゲストは、韓国・ソウルを拠点に活動するインディペント・プロデューサー、ジサン・パクさんだ。

実は彼女、2013年に韓国と金沢、そして高知の国際共同制作作品『ONE DAY, MAYBE~いつか、きっと』で、韓国側のプロデューサーとして携わっていたこともある人物で、国内外でのAIRやサイトスペシフィックなプロジェクト、実験的なパフォーマンス作品を数多く手掛けている一人でもある。
まず初めに、ジサン自身の経験を通じて、彼女が考えるAIRの多様性とその可能性について、
レクチャーしてもらうことにした。

ジサン
「AIRは、韓国でも非常によく行われているプロジェクトのひとつですが、特にパフォーミングアーツにおけるAIRは本当にたくさんの側面を持っていたりして、
実は定義付けが非常に難しいんですよね。だからこそ私は、AIRを行う際に、あらかじめ“目指すべきゴール”を明確にするために、大切にしているポイントがあるんです」

その内容はというと・・・
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・プロジェクトやフェスティバルを行うための最適なアーティストは誰か?
・肉体と空間の関係をどうやって再構築していくのか?
・アジアの伝統とコンテンポラリーをどう融合させていくのか?
・プロデューサーの役割とは?
・作品を見せたいターゲットは?オーディエンスはどこにいるのか?
・新しい観客に向けて発信できるツールとは?
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プロジェクトの根幹を問うものから、アウトプットの先の展開に至るまで、
「発見」、「刺激」、そして「地域住民のつながり」という3つのキーワードを軸に、多角的な視点を大切にしていることが窺える。しかし、彼女曰く、「この問いは、私だけの問いではない」とのことだ。

「AIRは、サイトスペシフィックなものであればあるほど、事前にその土地や場所について深くリサーチして、アーティストをリスペクトしながらいい環境を作り上げることが大切になってきますよね。
ただ、地域の中でアートへの理解が自然に生まれてくるためには、私のようなプロデューサーはもちろん、アーティスト、そしてオーディエンス(観客)という3つの関係性がきちんと機能しながら、時にはぶつかりあうことも恐れないという姿勢が、とても大事だと思っています。

一人ひとり違う人間だからこそ、違う意見を持っているのは当たり前で、
だからこそ否定するのではなく、自由に話し合い考えをシェアしながら協働していく。
そうやって互いを開示する局面を避けていては、結局、何も生まれてこないでしょ?」

作品を制作する際に、“アーティスト”と“プロデューサー”の関係性は重要視されても、
オーディエンスの存在意義は、単なる鑑賞者と捉えられてしまうことも多いはずだ。

「そこで、アーティストや作品だけではなく、鑑賞する観客の層も開拓していくというテーマを掲げ、テクノロジー技術を駆使した作品制作を行ったのが、“NANA”というプロジェクトです。あるいは、地元アーティストの向上を目指しながらも、できるだけ一般市民の参加を募って、
アーティストと対話しながらアートセンターを復興させた“アートエコロジー”というプロジェクトもありましたね。つまり、オーディエンスを巻き込みながら協働することで、
これまでなかったようなアイデアが実現する事例も、たくさん出てきているんです」

ジサンの言葉からわかるように、プロジェクトの目指すゴールによって、
アプローチはいかようにも広がるAIR。
しかしそれは、三者の関係性なくしてサイトスペシフィックな制作はありえない、ということでもある。

「一緒にプロジェクトを行うアーティストが少なければ、互いにディスカッションをしてアイデアをシェアするのは非常にやりやすいですよね。でも、アーティストが増えてプロジェクトの数が増えれば、必ずといっていいほど問題が起こってくる。

そのときいつも不安に思うのは、
「私(プロデューサー)だけが興味のあるプロジェクトであって、
アーティストやオーディエンスは興味がないんじゃないだろうか?」っていうことなんですよね。
だから、私はいつもこまめに必ずこの質問に立ち返るようにしてるんです。

「みなさんは、本当にこのプロジェクトやテーマに興味がありますか?」って。

そういう意味では、2016年のリサーチから幕を開けた「AIR21:カナザワ・フリンジ」は、
多様な人々との関係性を築きながら、ようやく小さな一歩を踏み出し始めたばかりだ。

そこで後編では、5名のディレクターがそれぞれどんなキーワードをもとに、
どんな課題と対峙してきたのか。
第二部のディレクターズトークの内容を振り返りながら、レポートしてみることにする。

→後編へつづく

2017年01月27日 | Posted in レポート | タグ: No Comments » 

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